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ナベケンの冒険百連発 Friends Or Lovers というお話(後編)
午前7時32分。各停しか停まらない地元の小さな駅を降りる。
僕が乗る下り電車と同時に上り電車が到着し、踏切が上がるとそこにあずさんが待っている。あの日以来僕らは駅から学校までを一緒にくるようになっていた。どちらが切り出したわけでもない、また別に約束した訳でもない。そんな毎日の繰り返しだった。
僕はと言うと、前回あれだけ取り乱したにもかかわらずその日以来何事もなくあずさんに接することができるようになっていた。いや、何事もなくと言うのは語弊がある。「女の子と話せない病」だったそれまでの17年間を埋めるように喋りまくった。
しかし、ただ毎日一緒登校する。それだけなのだが
「9割の女子のスカート丈は膝下」「携帯はおろかポケベルも存在しなかった」時代、
奈良県の片田舎の高校において僕らの事が噂に上らない訳は無かったのだ。
それからというもの、同じ柔道部のそれほど仲良くない女子に、クラスのほとんど話した事の無い男子女子に改まった真顔で「ねぇねぇなべけんってあずさんと付き合ってるん?」と聞かれるようになった。
中学時代に「当時好きだった女の子の誕生日にベレー帽を贈り、返された」という根も葉もない噂を立てられ、「変な奴」から「キショイ奴」へと不本意なレベルアップを果たしたことはあれど(実話)、
斯様な噂を立てられるなど、なべけん史上始まって以来である。どう反応していいのか分からなかった。そーいう奴らに対して「違うよ」と一言残しきびすを返していたのだが、実は腹が立ったからだけではなかったのだ。
「いやーんやっぱり僕とあずさんって付き合ってるように見えるんやぁ!」と舞い上がってしまい、
北島三郎の如くプックリと鼻を膨らませていたのが、自分にも分かっていたからである。
ちなみに男子からの問いかけは「で、やったん?」ばかりで同様に腹立たしいものだった。
ある日、いつものようにあずさんとの登校中、僕らが付き合っているのではないかという噂が立っている事が話題に上った。つまらない噂話のせいであずさんと一緒に学校に来られなくなるのも嫌だったし、その事に触れればお互いの間柄が変わってしまうような、そんな気がしていたのだ。
あずさんは「付き合ってるとか、そんなんじゃないのにアホやなぁ」と言ったきりその話題は流されてしまった。 その一言の真意を掴めないまま、僕は一人気が気では無くなっていた。
こんな風に噂になって僕は悪い気はしない。けれど僕なんかと噂を立てられて、なんでそれでも平気で僕と一緒に学校に通えるんだろう?・・・・・あずさんにとって僕って何者なんだ?・・・まさかあずさんも噂を立てられて悪い気はしていないとか・・・ねぇ・・・いや、でも彼氏くらいいるだろうし・・・
でも本当に分からないのは「僕はあずさんをどう思っているのか?」だった。
それを考えると心臓がバクバクと早くなり、あずさんの顔をマトモに見られなくなってしまった。あずさんは「どーしたん?」と僕の顔をのぞき込んだ。
「あぅぅぅぅぅ・・・・」心の中で情けない声を上げながら、意識の片隅で僕は
「YouはShock! 愛で鼓動早くなる」(Byクリスタルキング)とはまさにこの事か!
と非常に間抜けなことを考えていた。
「あ・・・いや・・・その・・・・えーっと」克服したと思ったらまた女の子と話せない病に逆戻りかなべけん?間が持たなくなった僕は前日の帰りに買ったキャラメルを「食べる?」とあずさんに勧めた。キャラメルの包装を取りながらあずさんは悪戯っぽく「(噂を立てられた)迷惑料?」と聞いて来た。
「ん・・・」律儀に箱ごとキャラメルを渡してしまった僕よりも、あずさんは一粒300メートルくらい大人に近い、今の僕には到底敵わない場所にいるような気がした。
少しだけ時間は戻る。
僕の通っていた高校の武道場は半面が畳で柔道場が一面取れ、もう片面は同じ大きさで板の間になっている。
僕ら柔道部が毎日畳を使い、板の間は剣道部とフェンシング部が交互に使っていた。武道場の中に部室があり、右から剣道・柔道・フェンシングと並んでおり通称「武道長屋」と呼ばれていた。武道場の前にはさすが奈良市内と言おうか、住居跡の遺跡があった。
僕等は遺跡を囲むようにベースを配置し、遺跡頂上のマウンドから、ハイジャンプ魔球並みの角度で投げられるボールを極端なアッパースイングで打つ「超人野球」という遊びをよくやっていた。(ネタ元はゆうきまさみの「究極超人あーる」だ)
フェンシング部は女子が多かったので参加はしなかったが、柔道部対剣道部の超人野球大会は何度も開催された。
いつも積極的に参加してくれていた同じ学年のU君という男がいた。
個人的にはそれほど仲がよいと言うわけではなく、「剣道部の一人」位の認識でしかなかったが、いつしか僕に対してやけに攻撃的な態度を取るようなった。U君と僕の共通の友人が話しているところへ僕が間に入っていくと、途端にそっけなくなり、一人で向こうへ行ってしまうとかだったが取り立てて気にはしなかった。
予想に反して僕とあずさんが付き合っているのでは?という噂は一ヶ月ほどで鳴りを潜めることとなった。あずさんが自ら「自分には彼氏がいる」事を周囲に言い出した事が直接の原因だが、僕とあずさんが並んで歩いているところを形容すると、どうひいき目に見ても「美女と珍獣」としか形容できないことが説得力を増していたのは言うまでもない。
もちろん、彼氏とは僕の事ではない。噂になった当事者として話してくれたのか、
あずさんには中学時代の同級生で、今は別々の学校に通っている彼氏がいることを話してくれた。そして今彼氏とあまりうまく行ってない事も笑い飛ばす様に話してくれたのだった。そのときの僕は「じゃぁ自分はキープされているのか?」と疑いもしなかった。そしてなぜか、どのような状況であれあずさんに彼氏がいた事を知って、僕はほっとしたのだった。自分にとってのあずさん、あずさんにとっての自分。どちらもあいまいなままだったんだが…
今から考えても、高校時代を通してどんな男友達よりもあずさんは話しやすい相手だった。
あずさんのクラスは僕のクラスより英語の授業の進度が速く、僕は英語の時間の度にあずさんに教科書を訳し終わったノートを借りていたのだった。そこに僕はルーズリーフの切れっ端を、あずさんはキャラクターの入った便箋を使ってちょっとした手紙をやり取りするのが、僕らの習慣だった。学校の事、友人の事、好きな音楽や本の事、そしてお互いの恋愛観やセックス観について殆ど毎日手紙を交わしていた。キスはおろか、女の子とマトモに付き合った事すらない僕がセックス観(好きじゃない女性を抱くなんて出来ないとか力説していた)って…。今このフレーズを書いてしまってから恥ずかしさに少し後悔している。
ある日、剣道部の一つ下の後輩から聞かされた話は僕の脳髄を激しく揺さぶった。
「なべけんさんって毎日あずさんと学校きてるんですよねー」
「あずさんってUさんと付き合ってるって聞きましたけど本当のとこどーなんですか?」
「なべけんさん 『横取り40萬』(※1)ってやつですかあ?」
(当時「クイズ世界はShow By ショーバイ」とかいう番組で使ってたような気がする)
「ちょっとまってくれッ!それはどーいうことだッ!」
僕自身も初耳だった。あずさんとU君が付き合っているのなら、U君の態度もすべて納得が行く。
「それじゃぁ 僕が一番悪者って事じゃないかッ!」
僕はあずさんに長い手紙を書いた。ルーズリーフの裏表に2枚。内容は今となってはよく覚えていないが僕が居ることでU君とあずさんの仲が悪くなってしまったことを詫び、同時にそれでも僕に気を遣ってくれた彼女に感謝を表すものだった。
次の日いつも通りの電車で学校に行った。申し合わせたかのようにあずさんは僕を待ってくれていた。さすがに気まずく、一言二言挨拶を交わしただけで、僕はあずさんの少し後ろをポクポクと歩いていた。もうすぐ学校に着こうという頃、急にあずさんは振り向くと、僕に手紙を渡した。
かわいいイラストの入った便箋を複雑に折ったその手紙を受け取った僕はあずさんに話し掛けるよりも「この手紙の折り方は 女の子にしかできんな」と思った。
手紙の内容としてはあずさんは確かにU君と付き合っていた。それより前に付き合っていた男と不本意に別れており、気持の整理はついていなかった。そして告白されるままにU君と付き合ったのだが前の男から再び電話がありやり取りが復活し、U君と別れその男と縒りを戻したと書いてあった。それを一方的にU君は「僕があずさんを奪ったため自分から去っていった」と勘違いし、恋敵扱いされていたのだ。
手紙の最後に「なべけんが負い目を負う必要はない。むしろこんなことを平気でしてしまう悪魔のような女を心配してくれてありがとう」とあった。
僕はこの手紙を読んで巧く言えないけどもやもやしたものがすべて解けた。
多分、僕はあずさんが好きだ。そしてあずさんも僕のことを好いてくれていたのだと思う。
でも、それはいわゆる「恋人」としての「好き」ではないのだ。
僕とあずさんがお互い男か女であれば、僕等の間柄は「親友」というのが適当だろう。
それも東京フレンドパークに出るくらいじゃなく、うっかり腕を組み交わそうものなら
友情メーターが振り切ってバロム1に変身してしまってもおかしくない程だ。
でも、その頃の僕には女の子との関係を定義する言葉が「友達」と「恋人」しか無かったのだ。だからあずさんとの関係が自分の中で消化できずにモヤモヤした気持ちになってしまっていたのだ。そして、そのモヤモヤした気持ちは得てして恋心と勘違いしやすい。
別に「友達」とか「恋人」とか決め付ける必要なんてない。僕らはお互いに「なべけん」と「あずさん」であれば、それで良いんじゃないかと。僕は手紙を読んでそう思ったのである。
今の僕にも当時のあずさんとの関係を定義する言葉なんて持ち合わせていない。もしかしたら、こういう関係を定義する言葉なんて無いのかもしれない。この文章を読んで「セックスレスの恋愛関係」「お互い子供なので恋愛の機微がわかっていない」などといくらでも定義づけることはできる。でも、身の回りを見渡してこんなことは無いだろうか?
ある異性と親しくなる。お互いに意識しあって、或いは周りから囃し立てられて
「恋愛関係にならなきゃいけないんじゃないだろうか?」という気持ちから付き合い始めてしまうケースだ。
もちろんそれがきっかけでうまく回り始めることもあるだろう、でも僕の見る限りでは「僕らは付き合っているのだから」という「関係性の定義が先にある恋愛関係」のカップルは「恋人同士なのだからセックスもしなきゃいけない」「クリスマスだから。ないしは誕生日だから何がしかイベントを作らなきゃならない」「恋人同士のデートってこういう所に行くもんだよな?」
そういった強迫観念に突き動かされて、気が付けば午前一時の失恋レストランで
「…俺たちってこんなはずじゃなかったよな」という結末を迎えてしまうのである。
昔読んだSFにこんな話があった。死んだ後に保存されていた細胞からクローンとして再生された男が「自分は生きているのか死んでいるのか」「死んだ男と自分は同一人物か、別人なのか」という悩みを抱えているのだが、なんと人工知能にたしなめられるのだ。
「人間の言語は自分は唯一無二の存在で『死んだら終わり』という概念からできている。クローンが別人か?なんて定義をつけることができない。あなたの悩みは人間の言語の不完全性からきているのだ」「量子力学で用いられる『シュレーディンガーの猫』というモデルを使えば、一匹の猫が生きながら同時に死んでいるという状況を言い表すことができる。だからしょうもないことで悩むな!」・・・なんとも強引な人工知能だ(笑)
回りくどい喩えをしたが、RPGのように経験値を貯めてレベルが 上がるというような、
「友達」の上位に「恋人」という関係があるのではないと思う。
親密のベクトル自体が違うものなのだ。もちろん定義することのできない「その他色々」
という関係だって、あったって全然構わないと思う。だって僕とあずさんがそうだったのだから。
いつのまにか「女の子と話せない病」を克服していた僕に、初めて彼女ができてしまうのはその数ヵ月後だった。靴箱で後輩から手紙を貰う。というベタベタなシチュエーションだった。彼女ができ、あずさんと一緒に学校へ通うわけにも行かなくなった。がそれ以降も相変わらず「その他色々」の間柄は続いていた。
そして卒業式。あずさんには色々伝えたいことがあったが、高速道路の自然渋滞のように
言いたいことが多すぎて僕はあずさんと向かい合ったままゆっくりと言葉を捜していた。
あずさんは僕が口を開くより早く
「別に悲しくないよ。お別れしてもまた会えたらチャラやからね」と言って微笑んだ。
うまく言えないけど。僕はこれでいいと思った。(了)
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